デモクラシー速報

なぜか右寄りのまとめブログばかりが目立つので、それに対するバランサーとしてやっていきます。

カテゴリ: 旧民主党政権

1: 民主主義者 2024/05/15(水) 12:25:14.41 ID:??? TID:taro
安倍晋三元総理が、何度も口にし続けた「悪夢の民主党政権」。当時の民主党幹部の多くが集う立憲民主党を批判する文脈で、現在でもしばしば使われている言葉だ。2009年からのわずか3年にすぎない政権運営が、10年以上経っても攻撃材料にされてしまうのはなぜなのか。

● 小沢一郎が目指していたのは 「保守2大政党制」だった

小沢一郎代表のもとで、民主党は党再生の足掛かりをつかみました。

小沢氏が就任した翌年の2007年夏、民主党は小沢氏の代表就任後初めての大型国政選挙となる参院選を迎えました。自民党は、小泉純一郎首相が「党総裁としての任期満了」を理由に首相を辞任。その後継として安倍晋三氏が首相となっていましたが、閣僚の相次ぐ不祥事などで内閣支持率は低迷していました。

続きはこちらです
https://news.yahoo.co.jp/articles/74e66259f290be3d4ba84a5cf307c4adb72bf788
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1: 民主主義者 2021/10/17(日) 09:37:21.12 ID:GT9S32Nx9
「悪夢の民主党政権」は本当か
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珍しいことに、今度の総選挙は、総理大臣が何の実績もない状態での選挙となる。

 岸田総理は、国会で所信表明演説をしただけで、ひとつの法律も提案すらしていない。「こういうことをやりたい」と言っているだけで、何もしてい

 現内閣が実績ゼロでの総選挙だ。

 「総理としての実績が何もない」ことでは、野党第一党の立憲民主党の枝野幸男代表と同じだ。

 いや、枝野代表には何の実績もないが、岸田総理には外務大臣などの要職の経験があるから、政治家としては実績がある――という反論があるかもしれない。しかし枝野代表も、かつての民主党政権では官房長官や経産大臣を歴任している。

 岸田総理と枝野代表は、「総理としての実績はないが、政権のひとりだった経験はある」点で同じだ。

 いやいや、岸田総理はまだ何もしていないかもしれないが、自民党はずっと政権を担い、うまくやってきたが、枝野代表が前にいた民主党政権はひどかったじゃないか、とても任せられない――そう思っている人も多いだろう。

 しかし、本当に民主党政権はひどかったのだろうか。

 民主党への批判と言えば、安倍晋三元首相が好む「悪夢の民主党政権」がある。

 「何がどう悪夢だったんですか」と質問したら、安倍元首相は「すべてが悪夢だった」とでも答えるだろう。

 この民主党への「悪夢」呼ばわりほど、中身のない批判はないが、それゆえにか拡散している。

 安倍元首相の、イメージ戦略はなかなかのものだ。

 しかし、たしかに安倍元首相にとっては民主党政権時代は悪夢だったろうが、国民のすべてが悪夢だと思っていたわけではない。

 そこで、民主党政権を政策の実現という観点から見直した本が、『民主党政権 未完の日本改革』(ちくま書房)である。

 著者は民主党政権三人の首相のなかのひとり、菅直人である。

 どうせ自己弁護か自慢だらけの本だろうと思うだろう。たしかに、読む人の立場、読み方によってはそうなる。

 だが、「解釈」はさまざまだが、民主党政権3年3ヵ月間で、何をやったという「事実」は事実として記されていると思う。実は私はこの本の編集に関わっているので、第三者ではない。関係者による紹介記事となるが、だからこそ、事実のみを記したいと思う。
 
現代ビジネス 10/16(土) 7:02
https://news.yahoo.co.jp/articles/e90f2fa1f48369ba19e9ae38b1de467d3bcf5aec

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1: 民主主義者 2021/09/09(木) 11:08:17.91 ID:OAS2dJcX9
■日本は世界有数の格差大国

 バブル崩壊から32年が経過しようとしている。日本の凋落が止まらない。1990年、日本の1人あたりGDPは世界第2位の地位に躍り出た。
しかし2020年、同ランキングでは世界第23位にまで転落。失われた10年は失われた20年、30年に変化した。
かつての一億総中流は消滅し、日本は世界有数の格差大国に変質した。
働く国民の5人に1人が低所得に追い込まれ、労働者の半数以上が年収400万円以下の水準に落とし込まれている。

 日本経済を凋落させた原因がどこにあるのか。そして、この凋落に歯止めをかける方策はあるのか。
コロナ騒動は日本の政策対応力欠落を鮮明に浮かび上がらせた。日本の凋落は日本のかじ取りを司る政治権力と官僚機構の劣化の反映。
同時に、そのシステムを生み出している主権者である国民の責任を見落とすわけにはいかない。問題の所在、解決の方策、今後の展望を考察したい。

 日本経済の長期停滞が続いている。経済活動の拡大スピードを示す最重要経済指標とされるのが実質GDP成長率。
日本の成長率推移を見てみよう。年平均成長率は1960年代:10.5%、1970年代:5.2%、1980年代:4.9%、1990年代:1.5%、2000年代:0.6%で推移してきた。
1960年代の10%成長の時代が二次の石油危機で5%成長に下方屈折したのち、1990年代には1.5%成長、2000年代最初の10年は0.5%成長にまで低下した。

 GDPが1年に10%拡大すると10年では2.6倍になる。生産は人々の所得を意味する。
1960年に登場した池田勇人内閣は「所得倍増計画」を掲げたが、10%成長が維持されれば所得水準は8年で倍増する。高度経済成長で所得倍増計画は見事に達成された。

 しかし、1%成長では景色がまったく変わる。10年間で経済規模は1.1倍にしかならない。
2000年代の0.5%成長では、10年間で経済規模は1.05倍にしかならない。バブル崩壊後、この超低迷経済が持続してきた。

 2010年以降は若干状況が異なる。2009年10-12月期から2012年10-12月期にかけての民主党政権時代は成長率平均値が1.7%に上昇(前期比年率成長率の単純平均値)。
ところが、第2次安倍内閣発足後の2013年1-3月期から2021年1-3月期の成長率平均値は0.6%に反落した。2000年代と同等水準に逆戻りした。

 民主党政権時代の1.7%成長でも経済が好調とはいえなかった。東日本大震災、福島原発事故が発生。
「暗がり経済」だった。ところが、第2次安倍内閣発足後に成長率は一段と低下。「真っ暗闇経済」に移行した。
民主党政権時代の成績がギリギリの「可」とすれば、第2次安倍内閣発足後は完全に「不可」。国民生活が疲弊するのは当然の帰結だ。

 2012年12月に発足した第2次安倍内閣で安倍晋三氏は日本経済再生を目標に掲げた。新しい経済政策の取り組みとして「アベノミクス」の看板を掲げた。
三本柱は金融政策、財政政策、構造政策。まったく目新しくなかった。金融政策ではインフレ率2%達成が公約とされた。しかし、実現しなかった。

 森友・加計・桜を見る会疑惑で窮地に陥り、コロナ対応の失策が重なり退陣に追い込まれた安倍晋三氏だったが、
2019年11月に「ポストコロナの経済政策を考える議員連盟」会長に就任した。
菅内閣後の再々登板の思惑が込められているとの解説もあるが、冗談はやめてもらいたい。第2次安倍内閣発足後の日本経済は最低最悪なものだったからだ。
https://www.data-max.co.jp/article/43627

グラフ:実質GDPの成長推移
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1: 民主主義者 2021/08/05(木) 13:39:32.82 ID:9Ygm4huR9
菅直人元首相がツイッターで、民主党政権と、「コロナ対応をはじめとする安倍、菅義偉両政権と比較して、国民にとって、どちらが『悪夢』なのかを考えていただきたい」と投稿した。

 菅氏は「2009年から3年3カ月にわたった民主党政権はこれまで、安倍晋三前総理らから何かにつけて『悪夢』と呼ばれ、バッシングを受けてきました」と安倍氏から非難されてきたことを振り返った。

 続けて菅氏は「しかし、私の政権が対峙することになった東日本大震災と福島原発事故から今年で10年となり、これを機に各種メディアで当時の対応について検証報道がなされるなかで、民主党政権に対する感情的なバッシングが薄れ、冷静で中立的な解釈がなされるようになったと実感しました」と記した。

 別の投稿で菅氏は「それならば、原発事故対応だけでなく民主党政権全体についても、そろそろ冷静な評価が可能な時期になっているのではないか。そのように考え、私なりにあの3年3カ月を改めて検証してみようと考えました」と記した。

 菅氏は「総理と党代表を務めた『当事者』の立場からの検証ではありますが、これまでの『失敗』『挫折』といった評価とは別の視点で改めて当時を振り返っていただくとともに、コロナ対応をはじめとする安倍、菅義偉両政権と比較して、国民にとって、どちらが『悪夢』なのかを考えていただきたいと思います」としている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/222ed851639ac70f50174ce6f7e1f336fcff6fa4
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1: 民主主義者 2021/05/19(水) 11:21:28.08 ID:HtWbbvEt9
(略)
麻生太郎内閣と民主党内閣の共通点

【田原】そもそもプライマリーバランスを重視して、毎年その赤字を減らしていくべきだという考え方を、財務省はいつから始めたんですか?

【藤井】大蔵省時代には、その概念は明確にはありませんでした。言い出したのは、省庁再編で大蔵省が財務省になった翌2002年、当時小泉内閣で経済財政政策担当大臣だった竹中平蔵さんです。

【田原】竹中さんは、GDPの5%程度(28兆円)を占めていたプライマリーバランスの赤字を「10年で黒字化する」といった。増税せずに、2007年にGDP比1%ちょっとの6兆円まで改善したんだけど、リーマンショックでダメになっちゃった。竹中さんは成長重視で増税反対。それを貫いてプライマリーバランスの黒字化目前まで持っていったことを誇りに思い、もうちょっとで実現できたのにと、とても残念がっていました。

【藤井】竹中さんの時代、たしかにプライマリーバランスの赤字はどんどん減っていましたが、それができたのは当時アメリカの景気が良く輸出が伸びたから。あのとき、プライマリーバランスの黒字化なんていわずに徹底的に財政政策をやっていたら、デフレ脱却ができたはず。竹中さんは誇りに思っているとしたら完全に状況認識を誤ってますね。プライマリーバランス赤字を減らすなんて最悪の手を打ったがゆえに、せっかくの輸出増という僥倖ぎょうこうをみすみす見過ごし、デフレが続く最悪の帰結をもたらしたのです。彼は誇りに思うのではなく、痛恨の思いを持つべきなんです。

ただ、そんなプライマリーバランス規律ですが、それを少なくともいったん解除することに成功したのが麻生政権。彼はリーマンショック対策で、積極財政を展開するために、プライマリーバランス規律を解除したのです。ここから積極的な財政出動が始まり、続く民主党政権もプライマリーバランスの縛りがなかった。民主党政権は、マニフェストを全部やるといって、すごくカネを使ったんです。結果的には、これが日本経済にとってよかった。

(略)

PBにとらわれ、コロナ対策もデフレ脱却も失敗した

【田原】内閣府の試算が出る直前の2021年1月18日、麻生財務相は財政演説で、2025年度のプライマリーバランス黒字化を目指すといった。コロナ禍がそろそろ1年なのに、前と同じことをいっている。なんで?

【藤井】まったくなにも考えず、ただ財務官僚の作文を読んだだけでしょう。

【田原】いずれにせよ、いつごろプライマリーバランス黒字化なんてことにこだわっていては話にならない、ということね?

【藤井】そうです。全然ダメです。それをやっている限り、日本はまともなコロナ対策も、防災対策も、防衛対策も、そしてデブレ脱却もみな、まったくできません。

【田原】これを続けている日本政府の責任者は誰?

【藤井】もちろん、菅義偉内閣総理大臣であり、麻生太郎財務大臣です。

https://president.jp/articles/amp/46005?page=3
aa

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